アート小説と、運命の画家との出会い


皆さんは絵画を見て、恋に落ちたような気持ちになったことはあるだろうか。

美術にさっぱり興味が無く、アートとは何ぞや?と本気で思っていたわたしだったが、その考え方が一気に変わった出来事についてお話する。

 

わたしは読書が好きだ。

本を読むという受動的な行為はもちろんのこと、その本をきっかけに新しいものに興味を持ち、世界が広がるのが楽しい。


わたしの中で、最たる例が「ア―ト」だった。


今までは美術が大嫌いだったが、小説という切り口から入り、アートっておもしろいかも……と思わせてくれた。

そのきっかけをくれたのが、原田マハ 著『楽園のカンヴァス』だった。

 

MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター・ティムは、ある邸宅に招かれ、そこでルソーの名作・「夢」 に酷似した「夢を見た」という絵画を見せられる。ティムと日本人研究者・早川織絵で、その絵画の真贋を見定めるという物語である。

真贋判定するにあたって、手掛かりとなる謎の古書を読みながらストーリーが進んでいく。


ページを進めていく中で、ルソーの物語と2人のいる時間が交錯し、自分はどこにいるのか?この小説は本当にフィクションなのか?と思うほど、のめり込んでしまう。

そして何より、疾走感があって読者にどんどん読ませる力がある。

 

『楽園のカンヴァス』を通じて、画家の生涯や、画家自身の人間性を、そしてアート作品の背景を小説という形でも触れることで、少しずつアートそのものに興味を持ち始めた。


そして、こんなに美術を避けてきたわたしを、アートは広い心で包み込んでくれた。

感激した。


そこから、マハさんのアート小説を読み漁った。

 

そこで出会ってしまった、わたしの運命の画家。

フィンセント・ファン・ゴッホ


びっくりした……

心を奪われた。恋かと思った。

 

37年の人生のうち、画家として絵筆を握ったのは、10年にも満たない。

その間に、今や世界中の人々を魅了する作品を残した孤高の天才。フィンセント・ファン・ゴッホ


しかし彼の絵は、生前1枚しか売れなかったという。

いまやゴッホの絵画は、億単位で取引されているというのに。

 

わたしとゴッホの出会いは、おなじく原田マハ 著『たゆたえども沈まず』だ。

丁寧に丁寧に紡がれる物語は、読み返すたびに感極まる。


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この小説では、ゴッホ(フィンセント)と弟・テオドルス、そして日本人画商・林と加納の交流が描かれている。

フィクションの世界の中で、日本人画商2人との出会いが、大きな影響を与える。

しかし、実際にはどの文献にもゴッホと林が出会った形跡はない。


それでも、同じ時期に同じパリという地にいた彼ら。

マハさんはそうやって、史実と創作を掛け合わせることが本当に上手なのだ。

 

あの頃のゴッホは周りから認められず、疎まれていた。

不器用で独りよがり。何をやってもうまくいかず、弟のテオにすがってばかり。


そんなゴッホが、わたしは愛しくて堪らない。

わたしは前世、ゴッホの友達か何かだったんじゃないか?と妄想するほど、彼に引きつけられる。


『たゆたえども沈まず』はフィクションではあるけれど、ゴッホにも林や加納のような、後押ししてくれるような友人がいてほしい(いてほしかった)と、願わずにはいられない。

 

『たゆたえども沈まず』を読んで、2度、ゴッホ展へ足を運んだ。

休日ということもあって大行列で、あらゆる意味で日本でのゴッホ人気を感じる。


ゴッホの作品は、筆遣いや色使いを凝視しているだけで、彼が絵画に込めた力のようなものを感じる。

生で観ると、涙が出そうなくらい感激してしまう。


アートにももちろん、制作過程がある。

その画家の生まれ育ったバックグラウンドもある。


小説や、また展示の音声ガイドなどから背景を知り、それらに思いを馳せる。

それだけできっと、ただ観るだけでなくさらに深いところでアートを感じ取れる気がするのだ。

 

何より、ゴッホが憧れ続けた日本の地で、世界中のゴッホの作品を見られること。

本物を観られる機会のため、尽力してくださる方々に、心から感謝である。


そしていつか、『たゆたえども沈まず』の表紙になっている「星月夜」を、MoMAにて直接観に行くと心に決めている。

 

マハさんは「アートは友達、美術館は友達の家」と表現する。

そんな感じで、美術館も気軽に行っていいと思うのだ。


友達の家なのだ、気負うことはない。

 

ゴッホの死後から130年ほど経ったいま、世界中で、彼の絵画が愛されているということが、ファンの1人としてとても嬉しい。


これからもゴッホの作品が、末永く愛されますように。