「好き」は人を引き寄せ、そして「好き」は立派な原動力になる

 

何かに熱中できることは素晴らしい、「好き」を大事に。

今ではそう言われることが多いが、高校生になるまでは好きなものを語ったり、「推し」のことを話したりするのはやめていた。

好きなものについて語ると、周りがそれを「オタク」と呼びたがる雰囲気があったからだ。


小学6年生の頃にいじめを経験しており、なるべくもう後ろ指を指されたくない。

周りに溶け込んだふうに見せるほうが、きっと自分のためなのだ。そう思っていた。

 

転機は今から12年前である。

高校2年生の頃、当時使っていたGREEというSNSの「いま、この本がすごい!」コミュニティーで、その名前を見つけたのがすべての始まりだった。


辻村深月

わたしの人生を変えた作家と言っても過言ではない。


その名前を知り、地元の図書館でデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』(講談社文庫)を借りて読んだときから、わたしの世界は広がっていった。

今や、我が家の本棚に全作が揃っている。


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ちょうど10年前、大学進学で高知市に住み始めた。

その頃にはGREEではなく、SNSmixiに切り替えていた。大学入学前にmixiで大学のコミュニティーに集い、そこから仲良くなった子と入学後に挨拶する……というようなものが流行っていた。


その年の12月くらいに、mixiの「辻村深月」コニュニティーで開催されるオフ会の存在を知った。

当時はまだ東京にも行ったことがなかったのに、マイミク(この響き懐かしすぎる……!)を頼って、何度も参加した。ちなみにこのオフ会は、東京・池袋開催である。

 

作家本人が来るわけでもない。ただただ、同じ作家が好きな人が集まり、「あのキャラクターは推せる」「このシーンがめっちゃ好き」と語るだけなのだ。

四国から、わざわざオフ会のためだけに上京する。片手に、自作の辻村深月スクラップブックを大量に抱えて。


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たぶん、そのギャップがおもしろがられたのだと思う。

大人たちに可愛がられ、サイン会や遊びにも連れて行ってもらった。


そう、これだ。

高校時代までのわたしが、周りからの目を怖がってできなかった、「好きなものについて語り合う」ということ。

東京へ行けば、同じく辻村深月好きの、謂わば「同志」たちと語らうことができたのだ。

とても、嬉しかった。


辻村深月さんのサイン会へ初めて参戦したのは9年前。相変わらずマイミクたちが誘ってくれた。場所はルミネ横浜の有隣堂

 

サイン会待ち列の時点で、めちゃくちゃ緊張した。

憧れの人にスクラップブックを見せて、辻村作品に登場したキャラクターが持つボールペン(現在は販売中止)と同じものを持参し、それでサインを書いていただいた。

そのおかげか、サイン会の初回で認識していただいた。鮮烈なサイン会デビューだった。

 

そのあと、サイン会や講演会にも何度か参加した。

何度もファンレターやお誕生日プレゼントを、出版社気付で贈っていた。


ファンレターやお誕生日プレゼントを贈るのは、『スロウハイツの神様』(辻村深月著/講談社文庫)という小説に影響されている。

現代版トキワ荘とも言える、クリエイターたちが暮らすアパート・スロウハイツが椎名町にある。その202号室には中高生から絶大な人気を誇る小説家、チヨダ・コーキが住んでいる。彼の小説を読んで育った、脚本家や画家の卵、映画監督の卵などが、夢を叶えるために切磋琢磨する。そんな青春群像劇の物語。


冒頭、チヨダ・コーキの熱狂的なファンが、小説を模倣して殺し合いの事件を起こしてしまった。その事件のせいで責任を取るように世間から言われ、一時筆を置くことにしたコーキ。彼を救ったのは、128通の手紙を送った女子学生だった。


この小説を読んだからこそ、ファンからの手紙の力を信じている。

好きですとしか言えないけれど、これからもその気持ちは大声で叫んでいく。

 

この間、夢のようなことが起こった。

先日文庫化された『かがみの孤城』のサイン本が、辻村深月さんご本人から送られてきたのだ。あのときの感動は一生忘れられない。


サイン本とお手紙を手にして、そしてこのライティング・ゼミを受講しているうちに、本気で憧れの人がいるあの世界を目指そうと思ってしまった。


やはり大きな影響があるのは、前述の『スロウハイツの神様』である。

この作品の魅力はいくつもあるのだが、特に登場人物が夢を追いかける姿にある。


「自分にとって何が武器になるのか。それを考えて、小説を書いて、漫画を描いて、必死に世界と関わろうとしてる。これが自分の武器なのだと考え抜き、これで訴え掛けることができないんだったら、本当に自分の人生はどうしたらいいんだって、一生懸命なのよ。世界に自分の名前を残したい、そう夢見てしまった以上は、と今日も机に齧り(かじり)ついている」


ライティング・ゼミを受講しながら、文章を書きながらいつも思い出すのは、この言葉だ。

世界に自分の名前を残すことの重みを感じる。

この小説は戦友であり、わたしの指針にもなっている。


「好き」が人を引き寄せた過去。そして今はライティングの原動力。

胸を張って、これからも「好き」を伝えていく。